ライフコーチ 石原瑶子(叶えるようこ)自分史

コーチになるまで、そしてコーチになってから。これまでの人生を自分史にまとめてみました

我ながら、いろんなことを感じたり、経験したり面白くてドラマティックで、幸せな人生だなと実感しています。

私の人生のストーリーです^^
このストーリを読んで私、石原瑶子について知っていただけたらと思います。特に、私をコーチにしたいなと思う方は是非一度目を通してくださいね^^

幼少期~保育園時代

1990年9月9日。長崎県佐世保市に生まれる。予定日は9月10日の両親の結婚記念日だった。が1日早く生まれたらしい。不思議なことにこの世に生まれて、最初の記憶は、生まれた産婦人科の窓から見える景色。田舎道に踏切があって…

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小学生時代①

小学生になってからは、公文式、ピアノ、そろばんと習い事を続けた。そろばんでは、九州大会へ出場できるほど。公文式では3学年先の勉強をしており、表彰された。ただ、ピアノは嫌いだった…

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小学生時代②

一緒に公文式、ピアノに通っていた友人がいた。Mちゃんという友達。彼女も何でもできる子と言われている子だった。公文式でも、私より少し先の勉強をしていた。ピアノもコンクールで優勝するなど抜群にうまかった。足も速かっ…

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中学生時代

中学校へ進学。中学は小佐々中学という人学年が100名程の小さな学校。小佐々小学校と楠泊小学校という2つの学校が合わさってできる。私は、走るのが得意だったこと、小体連の時にできた友人Sちゃんのと共に陸上部に入部。(Sちゃんは学外にも有名な美人。そして学年の…

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高校生時代

高校に入学した。同じ中学から進学したのは、男の子2人だけ。クラスもバラバラだった。友人を作ることに必死だった。部活はバレー部に入部。人間関係のことでいっぱいで勉強はそっちのけ。いつの間にかテストは30位から220位へ。1学年が…

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専門学生時代

私が九州医療センター附属看護専門学校。偏差値は61.5と高く、卒業生の看護の質は評価を得ていた。九州医療センターは、当時九州で唯一の大幅黒字経営の病院だと当時聞いたこともあった。(事実かは不明)そんな学校であるため…

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大学生時代

編入生は7人だった。すぐにみんな仲良くなった。3年次編入だったが、3年前期の授業はなんと1週間で1コマだった。専門学校のカリキュラムがよかったらしくて、ほとんどの単位が認められたのだ。他の子たちは、1週間に10コマ以上あっ…

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看護師時代

配属先は、ICUになった。ICU希望だったので嬉しかった。ICUを希望した理由は、やっぱり他人からの目が半分。ICUでナースをしている私に酔いたかったのだと思う。そういう部分もあったけれど、それだけじゃなくて、小さい頃から集中治療室には憧れ…

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会社員時代

看護師を辞め、転職したのは、企業の保健師。健康教室の企画・運営や健康相談など。救護をすることもあった。ICUとは全く違う環境だった。最初は慣れなかったけれど数ヶ月経つと慣れて、仕事が楽しくなった。保健師は数名いるものの、出勤は1日1人で一人で自分のペースで…

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コーチとして活動開

2017年4月、私はライフコーチワールド福岡3期の生徒として通うことになった。保健師の仕事をしながら通っていたのでシフトの調整は必要だったが、ライフコーチワールドへ通うことは…

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